中盤まではとってもよかった『バチカンで逢いましょう』感想 ③

『バチカンで逢いましょう』感想の続きです~。ラスト!!

 

 

と、いうわけで、登場人物を「完全に善人でも悪人でもない、いいところも悪いところもあるただの人間」として描き、それでも物語を動かすために必要な動機付けや、視聴者の心理の誘導を巧みに行い、感情を極端にどちらかに傾かせることなく軽快に描いていったここまでのストーリーが……。

保守的で融通がきかないおばあちゃんが徐々に「自分」というものを見つけ、人生を取り戻していくさまが……この設定のおかげでぜんぶ「どうでもいいかな」っていう積み重ねに……。

ウワアーもったいない。

いやこれね、ここまでマルガレーテのことを見事に描いてきたなら、「イタリア人ミュージシャンとの一晩」なんて設定いらなかったと思うの。

せめてマリーはちゃんと夫婦の子供であってよかったし、それどころか「イタリア人ミュージシャンのライブに行って一晩だけ心を奪われてしまった」っていうことを悔いてる、ぐらいがっちがちに保守的でもよかったと思うの。

身体的なことはなにもなく、ただ一晩心を奪われたことを、配偶者の死亡により「結婚のきずな」が解消されたあともそれを悔いている……だったらクッソかわいいおばあちゃんだし、マリーだって認められると思うんだけど、なぜここでマリーのアイデンティティをぶっこわすようなことをぶちこんで来たか……。残り30分だよ……。

 

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と、いうわけで、開始から55分まではとっても面白かったです。

あとはたらたらっとその他の部分なんですが、ここまで「過保護過干渉」にしてきた親子三代の決裂・話し合い・和解が、料理をしながらの怒鳴り合いだけで済まされてしまったのが軽すぎること。結局母も子供も説得できず、「家にいればよかった」と言い捨てたマリーへ「とんでもない」以上の言葉がかからなかったこと、なんかも気になりました。

このシーンでマリーの言う「好きにして結構よ」は、決してマルガレーテやマルティナの意思を尊重したからではないと思うのですが、二人はまるでなにかの赦しを得たかのように喜びますし、その後にマリーが「わたしはどうしたらいいの」と言った時に今更のように驚くんですよね……。

開始当初のパワーバランスだったら、このシーンは「納得しようがしなかろうがマリーが折れた!!」で爽快なシーンにもなったでしょうが、この時点で一番傷ついてるのってむしろマリーじゃないですか。

「家にいればよかった(=来なければよかった)」に対して「とんでもない」はいいですよ、正しいですよ。でもそのあとに、マリーに対する心からの言葉がなにかしら必要だったはず。そこをスルーしてしまったのがなんだかな、と。

 

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あと、ここまででまったく触れませんでしたが、孫娘のマルティナは彼氏の浮気現場を見てしまい、別れを選ぶんですね。シナリオ上元の鞘に収まるんだろうなあと思って見ていたのですが、そうではなく、はっきりと男のことを拒絶したのが新鮮でした。

「一人の人間を愛するって勇気がいること」「あなたにはその勇気がない」「あなたという人間がわかった」「自分を大事にしたい」って、未練が残ってる状態で本人を目の前にして言えたもんじゃないですよ……マルティナ強いしいい女だ……。

まあ、ラストの近くでやっぱり復縁するだろうなっておもいっきり匂わせてますけどね。

 

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あとはやっぱり「いろいろ詰め込みすぎかな~」とか、最初ロレンツォとディノの関係性がわからず、ディノの母親の話が出てきた時点で「エッロレンツォひょっとして重婚になる?」って思ってしまったりとか(※こんなクソ勘違いはわたしだけかもしれないですが、初めて画面上でロレンツォとディノが会話するときに「叔父さん」って一言入れればいい話かと)、マリーが空港で薬を飲んでひっくり返ってるシーンの無駄なロマンスの兆候やマルティナの花嫁ダンスなんかの「これ必要だった?」的なシーンだったりいろいろと、気になるところもちらほらありました。

最初にもちょっと書いたけど、「そもそもなんでロレンツォがマルガレーテのことをかばったのか」ってのもありますしね……。

まあこのへんは、後から「感想を書こう」と思って出てきた部分なので、これらがすべて視聴中に気になってしまうかっていうのとはまた違うとは思います。

 

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さてなんだよこの文字数、になった感想ですが、ここでは触れていないロレンツォとのやりとりや、そのロレンツォの甥のレストランに関わっていくシーンなんかが「面白い55分」の中にありますので、そこまでだったらほんとにおすすめなんですよ、この映画。

実際見始めてしばらく、「ウワーすごいなシナリオ巧みだな、これは久しぶりに “自分の中で好きな映画” が入れ替わるかも……!!」ってくらい期待して見ていたんですから……さすが20世紀フォックス、GAGAとは違うぜって思ってたんですから……!!

そしてここまで書いてて最後にblog記事にするとき、原題を調べて『OMAMAMIA』だと知ったとたん「アッハイマンマ・ミーア! の流れなんですか了解」って思ったので、これを最初に知っていたらもうちょっと違った感想を得たかもしれません。ほんと最初に知りたかった。

 

 

 

 

 

中盤まではとってもよかった『バチカンで逢いましょう』感想 ②

『バチカンで逢いましょう』感想の続きです~。

 

 

しっかし、「私のベネディクト」というほどの信仰があるマルガレーテが紆余曲折あるとはいえ法王にコショウスプレーをぶっかけてしまうのもすごい展開だと思うし、それを長々引っ張らず次の展開ですぐ解決しちゃうのもすごいし、なんというか思いがけない展開にするけど、その不快感を引っ張らずにサッ!! と回収して、すっごくお気軽に見せてくれるっていうのもまた巧みだなあ……と。

1時間位は「ワーオモシロイナー」って楽しんで見てました。

が。

話の展開がそこそこスムーズなので、それを阻害するのがすべてマルガレーテの腹積もりひとつなんだよなあ……と気付いてしまうと、ちょっと微妙さを感じないではないんですね。

そして、最後まで見ていくと、そのマルガレーテの行動に果たして一貫性があったのかどうか……という点にも疑問が出てしまうので、結局総合的な評価としてはこのあたりからじりじり下がっていく印象があります。

 

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途中の紆余曲折ははぶきまして、結局「マルガレーテの罪ってなんだったの?」なんですけど、わたしこれが一番納得できなくてですね。映画の感想が「結局この映画ってなんだったの?」になりそうなくらい困ってしまったんですけど。

ええと、作中でマルガレーテはなにがなんでも法王からの赦しを得たいので、「賭け事に負けたので法王の祝福を得て運を取り戻したい詐欺師」と偽装結婚的なことをして、新婚夫婦にローマ法王が祝福を与える場に乗り込むんですけど。

それですべてが丸く収まりそうなのに、結局「結婚の誓いは神聖なものだから」といって融通をきかせることもできず逃げ出したマルガレーテ、孫娘の彼氏を「孫娘を抱きかかえているから」フライパンで殴り倒したマルガレーテ、娘夫婦のセックスの声が聞こえてきて悪魔祓いみたいに十字架を振り回していたマルガレーテが、

「カナダに移住する前にイタリア人ミュージシャンと1回だけ浮気して孕んだのがマリー」

とかいう秘密を抱えていたってどういうこと?????

どういうことなの?????????

 

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あのお、これですべてがだいなしなんですよね!?!?

作中で、その詐欺師……詐欺師なの? まあ詐欺みたいなことをしなくもない老人・ロレンツォに、あきらかに恋をしてしまうマルガレーテ、「法王にコショウスプレー」の罪をごまかすためにロレンツォからキスされ戸惑うマルガレーテ、そういう可愛らしさも、孫娘の恋が受け入れられないマルガレーテ、そういう今まで積み上げてきた「経験な信者過ぎて保守的なおばあちゃん」というマルガレーテの人物像も、これですべてチャラになってしまった!!!!!

保守的で身持ちが堅いおばあちゃんが、よりによってチャラいイタリア人男性に絆されて変化していくコメディタッチのラブ・ストーリー……と思ってみていたのに、「むしろ、こうなる素養ありありだったんじゃん!!」ってなってしまう、これがラスト30分前!!

もう1時間以上、マルガレーテのことを「保守的でウブなかわいいおばあちゃん」と思って見てきたのに、ここでまさかの裏切り!!

 

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いやまあ、「こんな罪を隠していたからこそ、経験なクリスチャンであろうとしたのかな……」とかいろいろ考えられなくもないですが、それなら「婚姻の秘跡は神聖よ」っていう言葉をやたらと使わせたのはどうなのかな……と……。

双方がうまくいくであろう提案を、やっぱり宗教的な教えで拒否してしまう、それは別にいいんですよ。ここまで見てきたマルガレーテのキャラクターならむしろありですよ。まあ、見ていたわたしとしては「着飾って教会まで来ておいて今更なにを言ってるんだろう」ってなってしらけちゃったシーンでもありますけど。

でも、その「神聖な秘跡」を過去に侵したのは自分じゃん……。ぶっちぎりで「婚姻の秘跡に対する重大な罪」じゃん……なにを今更……。

 

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ちなみに耳慣れない言葉なので「婚姻の秘跡」について調べたのですけれど、見ているとまあカトリックの人にはとっても大切なことなんだなあというのは伝わってきます。でもそれなら、マルガレーテが偽装結婚の提案を受け入れた時点ですでにおかしいんだよね???

たとえば「法王にコショウスプレー事件からかばってやったのだから」って交換条件を持ちだされてどうしようもできないとか、そういうことならともかく、直前までそこそこノリノリだったのもあってどうにも腑に落ちないんですけど、まあそこを言い出したらこの話まったく成立しなくなってしまうので置いておきます……。

それを言い出しちゃったら、なんでロレンツォがマルガレーテのことをかばったのかって時点から根拠が弱いですからね……。

あ、感想はもう1回ほど続きます!!

 

 

 

 

 

中盤まではとってもよかった『バチカンで逢いましょう』感想 ①

タイトルやメインビジュアルでGAGAみを感じて「見たいけどGAGAかもしれないし」と敬遠していた1作なのですが、休みの日にお昼を食べながらあまりハードなものも見たくないしなァ……ってことでセレクト。

すっっっっ……ごいよかったです!! 途中まで!! 途中までは!!!!!

 

 

物語としては、「どうしても懺悔して赦してほしいこと」を抱えた老女・マルガレーテが単身ローマへ向かい、「法王の赦し」を得ようとする過程で知り合った詐欺師まがいの老人と恋に落ち、過保護で支配的な娘・マリーから脱却する……みたいな流れになります。が、これがうまくまとまっているとは言い難いかな……。

ここでは三世代の女性が登場し、母であるマルガレーテとその娘マリー、母であるマリーとその娘マルティナ、祖母であるマルガレーテとその孫マルティナの関係が絡み合ってくる感じになります。そして基本的にこの「マリー」が、過保護で過干渉。

で、この「過保護で過干渉」から祖母と孫が抜け出していく話と、「過保護で過干渉」によってマリー自身の夫婦関係がこじれて元通りになる過程と、それとは別に祖母と孫のそれぞれの恋愛事情と、マルガレーテの抱えている罪の話と……というのがブレンドされて話が展開します。

なので結構ごちゃごちゃしてるかも。

 

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見ていて前半ウマイな~と思ったのは、最初にマリーのひどさを描くことで迷わずマルガレーテに感情移入できるつくりになっていることです。

「老女の独居はムリだから娘が引き取る」というまっとうな行動かと思っていたら、本人に無断で老人ホームに入れようとしているし、それを告げるのは家を出た車の中でだし、マルガレーテが楽しみにしていたローマ旅行は勝手になかったことにしているし、敬虔な教徒であるマルガレーテへ「バチカンドットコム」で買ったローマ法王の赦しを与えてそれでいいと思っているし、ローマ旅行は「80歳の誕生日に行けばいい」とかまったく叶える気のないことを言って相手が納得したと思っているし。

そのマリーの夫も義兄弟の彼女のオッパイをガン見したり、義母を引き取ったその日もセックスしようとしたり、すべてが他人事だしでちょっとろくでもなさすぎる。

こんなのが開始10分。

マルガレーテがんばれとしか言えない。ちょう応援する。ここがすでに見事なわけです。

 

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そしてさらに見事だなと思ったのが、マリーに対する反撃がすぐに行われること。

引き取られて裏切られたその翌日には速攻、マルガレーテは単身ローマへ向かっており、しかもその航空券を取ったのはマリーの小学生ぐらいの子どもたち。しかもマリーのクレジットカードで。さらに「おばあちゃんの家を買ったお金を借りたままなのになにが問題なの?」という正論つき。

マルガレーテが失望するさまをたらたら描くのではなく、フラストレーションも即解消させてくれる。なかなか見事なつくりだなあ……と。

そしてマリーの過保護っぷりと、「自分が良かれと思っているルールの中で自分が良かれと思って相手を護る」ためには人の心など気にしないところがいくつか描かれていくわけで、より一層「マルガレーテがんばれ!!」が増していきます。

 

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かといって、「マリーがこの作品の悪者!! マルガレーテは善!!」という描き方でもないのがまたお見事。

ローマで暮らしている孫娘・マルティナは、ロックバーで働き、そこで歌っているシルヴィオと同棲中、かつそのことをマリーには黙っているわけだけれど、やっぱり頭の堅いところもあるマルガレーテは「彼女なりの善」で孫娘の生活を荒らすわけで、マルガレーテだってそこそこ迷惑という部分もちゃんと描いてる。

さらにはマリー以上にどうしようもなくすら見えるセックスセックスの夫・ジョーだって、きちんとマリーのことを愛していて、彼女が振り回されて笑顔がなくなっていることを心配しているのに「最近セックスしてないからでしょ」的に言われてしまうし、結婚記念日は忘れられるし、結婚記念日に用意した薔薇の花瓶はマリーによって台無しにされてしまうし。

こんな感じで「誰が善・誰が悪」ではなく、「全員そこそこどうしようもないけどまあ話の流れで自然とマルガレーテを応援しちゃうかな」っていう作りはほんとに巧みだなあ、と思ってすごく感心して見ていました。

続きます!!

 

 

 

 

 

トム・ハンクス主演 『ターミナル』 感想ラスト ④ 引き続き好きなところと、こうならよかったのになって話

 

 

あと、自分たちのためにニューヨークへ行くことを諦めたビクターのためにグプタの取った行動はすっごく泣けました……。冷静になるといろいろおかしいとは思うんですけど、それでも映画にどっぷり浸っている間はあのシーンはすごく泣けた。

そもそも怖いんですよ!! ボーイングにおじいちゃんがモップ片手に立ち向かっていく様子が!! ええええ何してるのおおおおおって。遠くからボーイングに向かって近づいていくグプタ……。

そして人が触ることをとても嫌がった「俺のモップ」でボーイングに接触するグプタ……。

銃を突きつけられても「アポは取ったのか??」というお決まりのセリフで飄々としているグプタはとってもかっこよかったです。

ただ、これも冷静になると、ビクターの友人3人まとめて解雇をちらつかせられたのに対して、グプタ一人だけが解決した(というか、自ら職を離れる行動を取った)だけであって、あとの二人の問題はなにも解決していないんですよね。

映像を見ていた自分たちと同じく、ショッキングな出来事で、残りの2人のことが頭から飛んじゃったのかな……と思うしか……。

 

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で、この「アポは取ったのか」に限らず、そこそこ天丼になっている要素があって、たとえば「待つ」という単言葉の頻出具合なんかも気にして見ると面白いんじゃないかな、と。

そう考えるとビクターの父親もサインを待っていて、ビクターはニューヨークに行けるまではなにがなんでも空港内で待っていて……ってなっていて、話の終わりにそれが叶うがゆえに、7年間男からの連絡を待っているアメリアも「やっと男からの連絡が来た」ってなってこそのモトサヤだったのかもしれませんね。そう思うとまあ……いやそれならそれでその描写ほしいですが……。

 

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で、最後に。蛇足でもいいから、エンドロールの最後ででも、強制送還を覚悟して戻ってきたビクターに対してディクソンが「1日ビザがあるのになんの話だ?」っていって、緑のハンコが押された紙でもぴらぴらしてくれてたらよかったのにな。

というわけで、前評判を特にチェックせずに見始めたものの、世間の評価がそこそこクールなのがよく分かる映画でございました。素材はいいのにどうしてこうなった。

いい映画だと思いたくて、視聴後数日頭の中でいろいろ転がしてみましたし、他所の感想にも触れましたけれど、まあ結局のところ「トンデモ」だったって評価したほうが落ち着きそうですワイ。

そして、トンデモだという感想に落ち着きそうなところで、むしろこのスペシャル・エディションでなにを話しているのかが非常に気になっています。でも今はこの映画に1,900円出したくはないな!!

 

 

 

 

 

トム・ハンクス主演 『ターミナル』 感想③ 引き続き気になったところと、あと好きなところ

 

 

この映画はトム・ハンクスでよかったんだろうなあというのはすごく思います。彼の「徹底して悪人じゃない感」で、目的もわからず言葉も喋れない(※英語が喋れないだけなんですが、彼はクラコウジア語すらほとんど発しませんし、発したとしてもそれに字幕がつかないので)=どんな人間かわからない、というのになんだか味方したいような気分にさせられるっていうのはもうすごいな、と。

もちろん視聴者は「このトム・ハンクスが主役だから」って目で見てはいますけれど、それにしてもこの手を差し伸べてあげたい感はすごい。

ただ……描写的にちょっと、知能の発達に障害のある人みたいに見えてしまうのが気になるといえば気になります。おそらくコミカルに描こうとして結果そうなっている部分もあるのでしょうが、それにしたって他国で立派に仕事もしていたであろう成人男性が入国審査で別室に連れて行かれてもすっごく呑気だとか、トイレの手洗い所で髪や体を洗うことに抵抗がなさすぎたりとか……。

放置カートを集めて、デポジットの25セントを回収するのだって、そりゃ生きていくためとはいえ最初はためらいとか抵抗があってもよくない? なんというかそういうのが全体的に希薄で、当たり前のようにそういった行動を取り始めるので、行動力があるとかそういうことより基本的な常識っていうのがわからない知能の方なのかなって見えるんですよ。

他人のパッキングを手伝おうとして、力任せに旅行かばんをぶち壊してしまったりとか、それに対して謝罪するより先に食料のチケットを追いかけたりとか……。トム・ハンクスでよかったとは思っていますが、この映画見ている間ずっと『アイ・アム・サム』のときのショーン・ペンを思い出していました。

そっか。この映画『アイ・アム・サム』か。じゃあファンタジーだな。

 

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ディクソン側というかアメリカ側が彼に必要なことを説明しようとしないのもこの印象に拍車をかけています。だって相手は他所の国でとはいえ、立派に生活されてる成人男性でしょ。たとえ言葉が通じなかったとしても、通訳がすぐに容易はできなかったとしても、もっとなんらかの歩み寄りはできたと思えてしょうがない。

それこそ辞書で単語を引き引き説明したりさ。ロシア語話者とそのまま話せるレベルなのだから、ロシア語の辞書でいいじゃないですか。空港内になかったら買いに行ったっていいじゃないですか。なぜ充分な説明をしないまま放り出すの? あれだけの事態が起きているのに。

ディクソンは、「英語を喋れないからわからない」っていう事実ではなく、「この男に理解する能力がない」と突き放しているようにも見えます。

そしてまたブラック・ジャックの文庫版未収録エピソード「しずむ女」を勝手に思い出していました。

というかね。ロシア語とクラコウジア語がほとんどそのままで会話できるというならね。

ロシア語の通訳用意すればいいんじゃないですかね?????

はあ~不思議。

 

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父親のために薬を持ち帰りたいロシア人が拘束されてしまったところで、ビクターが機転を利かせて「ヤギの薬だ」と言って、無事薬を持って帰れるようになる……というシーンは結構好きです。

が、それも「なぜロシア語というものすごいメジャーな言語の通訳が空港内に一人もいないのか」「通訳ではなくても誰か喋れる人がいないのか」「なぜ正規の空港職員ではなく、一般人であるビクターを呼びだそうと思ったのか」など、ほんのすこしでも冷静になるといろいろありえない感じなんですよね……。

あの場で、自分の首に刃物を当てるまでエキサイトしてしまった人に、一般人を差し向ける。それであのロシア人がどうにかなってしまったり、ビクターが怪我をしてしまった場合、「無国籍者を放置」以上に大問題になったと思うんですけど。

あと、あの場でディクソンが嘘でも騙されてくれないのが気になりました。ビクターに対して苛ついてはいたでしょうけれど、彼が嘘を言っていると思ったなら通訳を呼んででも裏を取ればよかった話で、あんなに簡単にカチ切れて異常行動を起こすようなシナリオである必要があったのかな~とは思いますよね。

 

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ていうか「自分に恥をかかせた異国人の指紋をコピーしまくる」ってなんか……かなり発想がヤバくないですか? しますか? 普通。犯罪者扱いじゃないですか、あれ。しかも、ビクターは別にディクソンの部下でもなんでもない。部下の指紋ならコピーしていいって意味じゃないですけど、なんでそう上から押し付けて自分の思い通りになると思っているのか。

一旦冷静になると、ディクソンがかなりヤバい人間ですよね……。最後にサインを拒否するところや、特に正当な理由がないのにビクターの自由を認めず帰国させようとするところも、「どういう権限があってどういう法的な理由であの指示をしているのか」が一切不明で。

上でも書きましたけど、「なんの落ち度もなくて法律を犯してもいない善良な一般人」に対して彼がああいう態度を取れる「根拠」はどこなのか……って考えると別に根拠なんてなさそうだし、やっぱ私怨か~怖いな~ってなりますよね……。

あれだけの状況に陥った一般人を、私怨でああまで締めあげたような人が、出世がちょっと遅れた以外になんの罰則もなく警備局長をやっているっていうのが物語とはいえ、恐ろしいです。

 

 

 

 

 

トム・ハンクス主演 『ターミナル』 感想② いろいろと気になったところなど

 

 

ディクソンの警備主任である中途半端な悪役感もそこそこ気になるポイントですよね。シナリオにとって都合のいいところで、その場その場の悪役をやらせているから、障害物としても一貫性がないですし。

どうせならディクソンをもっとがっちり悪役にしてしまって、彼の周辺の警備員たちを味方に取り入れるか(そういう状態だとしても、ラストのあのコートをかけるシーンはちゃんと感動的に仕立てあげることは可能だと思います)、もしくは立場上どうにもしてやれないだけで根はいい人にしてしまうか、どっちかに寄せてしまってもよかったように思えます。

最初のクーデターを知らせるシーンから、英語がわからない相手に英語でまくしたてて理解していないのに放り出す、食事を取れていないのがわかっていてなんの保護もしない、しかも出世主義のディクソンだけでなく、彼の周辺にいる警備員も同様で、ディクソンよりは多少同情的ではあるかもしれないけれど、なにをしてやるわけでもない。ただ見張ってるだけ。

最初っからビクターに接することになる恰幅のよい警備員さんなんて、いかにもほだされてくれそうだから期待していたんですけど……。

 

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見ていれば、ビクターにむしろ不法入国してほしいっていうことなのはわかるんですけれど、その点のアピールがいまいちなので「なんで放置してんのこれ」って不審に思ってしまうという……。

だって母国がなくなるような状況に陥った旅行者よ? それをあんな状態で放置するの?

途中から、立場上困ったことになったとか昇進に響くからやっかいだとかそういうことではなく、個人的にビクターが嫌いだ、みたいになってしまっているのもなんかなあ。他の方のレビューにあってとても納得したんですが、「敵対していたはずのディクソンが、最後の最後でサインをしてくれた」っていうような感じにしてくれたら、すごく粋だったのにな。

 

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そしてこれもまた他の方のレビューにあってとっても納得したんですけれど、「そもそもなんの落ち度もないビクターが法律を守っているという前提なのに、悪役や障害が必要だったのか」っていう感想。

それを言うとこのお話の大半が否定されてしまうんですけれど、言われて見ればそもそもそうだよねえ。

権力のある人は手をつくしたくてもなにもできることがない、保護して閉じ込めておくわけにも行かない。そしてターミナルで生活をはじめたビクターと、そこの職員、それこそグプタみたいな人たちとぶつかったりなんだりして……というヒューマンドラマの方に注力してもよかったのかな、というふうにも思えてきます。

ちなみに、最後の最後でディクソンが去りゆくビクターをただ見送るシーン、急にいい人になって違和感……という感想をそこそこ目にしましたが、あれこそ「そうだもう不法入国したから俺の管轄外になった」って気がついただけじゃないですかね……。

でも不法入国を見逃してしまった国境警備局局長ってなにも言われないのかな……?

 

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あとは「ここまでひっぱって結局不法入国なの???」という……。最後は普通に入国させてあげればよかったんじゃないんですかね? せっかくアメリアが1日ビザを入手してくれたというのに。あれ結局無意味じゃないですか。

不法入国して戻ってきた状態だったら「家に帰る」じゃなくてそれ「強制送還」っていうのでは……そして不法滞在をしたということは今後はもうアメリカには来ることができないのでは……??? 最後の最後にそんな結末用意する必要があったかな???

全方位でハッピーエンドにしてくれって話じゃないんですよ。でも不法入国でいいなら今までチャンスがあったのに、それに乗らないで断っておいてなぜ??? シナリオ的に不法入国を拒否していたんだから、最後の最後は合法的に入国させてあげないと、用意された障害が意味のないものになってしまうのでは?

そういう点も含めてこの話、すわりが悪いんですよね。話の主軸に据えてたものが、最後の最後でぜ~んぶチャラにされちゃう。彼の約束だけは果たされますけど……。ウーン……ビクターの人生的にはそれがすべての発端で、だからそれが叶えばオッケーってなことなんでしょうけれど、映画を見ている人にしてみればそれって後から出てきた事実なんですよ。

なので、それまでひっぱってきた恋愛や不法入国はせずに待ち続けるというポリシーがどっかに言ってしまうのがちょっと納得がいきませんね。

 

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あとは、英語の習得が早すぎるのも気になりました。ガイドブックを母国語と英語で付け合わせるのと、テレビ画面のテロップを読み込むのとであんなに話せるようになるわけがない……。

いや、別にいいんですよそれでも。でもそんなに簡単に言語を習得してしまうなら、英語ができないっていう設定自体があまり意味がないじゃないかと思えてしまうんですよね。もちろん語学が中心の映画じゃないですから、そこにばっかり焦点を当ててもしょうがないのはわかっていますがあんまり腑に落ちないというか……。

で、そんな感じでいろいろと重要なことが総集編的にテンポよく詰め込まれているせいで、作中時間的に9ヶ月も経っているように見えないんですよね。

「これは20日間ぐらいの出来事ですよ~」って言われても納得してしまいそうなくらい、内容が薄いんですよ。これももったいないな、と思います。

 

 

 

 

 

トム・ハンクス主演 『ターミナル』 感想① アメリアが相当ひどい件

視聴後の感想は「へ? は?」です。ウーン、映画館でじっくりどっぷり見たらうっかり「いい映画だった」って言ってしまいそうな点はあるんですけれど、個人的には「なんじゃこりゃ……???」ってなりました。

 

 

ちなみに「なんじゃこりゃ」の筆頭はアメリアですよね。恋多き女、ダメ男大好きフライトアテンダント。いや別に彼女がダメ男が好きでも、39歳なのに27歳ってサバを読んでいても、不倫していてもなんでもいいんですけど。

明らかに最後がおかしいんですよ。なんなのか……。

ビクターとのディナーの最中に、彼氏から連絡が来るかもしれないから電源すら切れないというポケベルを外へ放り投げ吹っ切ったように見えた彼女、しかも次のフライトから戻ってきてビクターに「彼と別れたの」と告げてから紆余曲折あってキスをしたばかりの彼女が、なんでその翌日に「元カレのコネを利用して1日ビザを用意した」うえに「ヨリを戻して」いたのかしら……。

????????????????????

ビクターが無国籍者だということをもっと以前から知っていたのなら、まだ友人止まりのビクターのために1日だけでもとビザを用意してあげるのもわかりますよ。でも無国籍者だと知ったのも、サインを貰うためだと知ったのも前日のしかも夜じゃないですか。なんだこれ。それから元彼に頼んだの?

「ウワーわたしの不倫相手1日で特別ビザが取れるくらいワシントンにコネがあるなんて!! 素敵!! 抱いて!!」ってことなの?

映画的に考えると「わざとビクターから離れた・わざと自分からビクターを離した」っていうことだとは思うのですけれども、悪いけど全然そうは見えない。

一応、映画の序盤では満面の笑みで不倫相手に駆け寄っていた彼女が、視線を落としてつらそうに「彼氏」の元へ歩み寄っているのを見ると「まあそういうことかな」とは思えないこともなんですけど。

 

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あと、最後の最後でニューヨークに降り立ったビクターがタクシーを捕まえた時に、なぜかアメリアが他のタクシーから降りてきて、笑顔をみせてくるんですけど、「エッお前なにをして今タクシーで空港に帰ってきたの?????」ってすべてが意味不明なんですよ。

別にこの二人がくっつかなくてもいいとは思います。それはそれで、最後まで「異邦人」でしかないビクターにとってはふさわしいとすら思います。が。

くっつく、くっつかないではなく、基本的に支離が滅裂で意味が不明な点が多すぎますよ……。現実の出来事ならともかく、複数の人間が関わって作成した「物語」でしょう?

作り物のお話でここまで支離が滅裂なのって、普通にどうかと思いますよ……?

 

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例えばね。不倫相手の彼氏とよりを戻したように見えたアメリアが、それでも空港の外でビクターが出てくるのを待っていた、一人で、でも声はかけない……っていうんだったら、そこそこキレイに収まるんですよ。

あなたにわたしを諦めてもらうためにああいう小芝居をしたけど、本当は男と消えたわけじゃないのよ、好意はあなたにあるってことよ、でもニューヨークへもこの先も、一緒にはいけないのよわかってねっていう、まあそれはそれで勝手だけどわからなくもないふうに装えるんですよ。

でも、前日に彼氏と別れたと言ってネットリキスをしておいて、翌日も特別ビザを渡してニコニコしておきながら、「君も一緒に行こう」と言われた瞬間に「近付かないでって言ったでしょう」とか言い出して他の男と消えて、消えたと思ったらタクシーで戻ってきて思わせぶりにニコニコ……ってされても、「アッハイ近くのホテルで一発済ませてきたから余裕が出たんですね」くらいにしか思えない。

なんなんだかなあ。

 

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ビクターの夢を叶えるために、縁を切りたかった不倫オヤジとモトサヤに戻ってまで1日ビザを入手した……って解釈の方もいらっしゃいましたけれど、そう見せるためには途中途中でのアメリアがもう少しマトモじゃないと成立しないのではないかな。

不倫に苦しめられているからってだけじゃなくて、今の関係そのものから離れたいって真摯に考えていないと、「それでも戻った」っていう話にはならないでしょう。

ほぼほぼ初対面のビクターに「彼は最低な男だけどセックスはサイコー」って話しちゃったり、そのままディナーに誘っちゃったり、落としたい相手には12歳もサバを読んでいることなんかを知らなければ、少しはそういうふうに解釈できた……かもしれません。

もしくは、あのビザがサインまでしてあって完璧ならなあ。「自分の夢をかなえるための特別ビザが手に入ったけれど、アメリアは離れていってしまう」という展開ならともかく、「その特別ビザに天敵のサインが必要で、案の定サインがもらえない」っていうほうにすぐシフトしてしまったので、エピソードとしてすっごく軽くなっちゃってるんですよね。もったいないなあ。

文字数の関係でただただアメリアにツッコミを入れるエントリになってしまいましたが、続きます。

 

 

 

 

 

トム・ハンクス『ターミナル』 感想前のあらすじ

 

 

※あらすじをわかりやすくするために、キャラクターについて判明する事実などは映画の時系列に沿っていない部分もあります。

【ビクター(主人公)自身について】

クラコウジア(※架空の国)からとある目的を持ってやってきたビクター・ナボルスキー(トム・ハンクス)だったが、フライト中に祖国でクーデターが起きて政府が消滅。そのためパスポートに対して利用停止措置が取られ、それを受けた米国国務省から入国ビザが取り消されてしまった。

現在は新クラコウジア連邦に姿を変えたものの、その新クラコウジア連邦と米国が正式に国交を結ぶまで手続きを進行することはできず、その間ビクターは「無国籍者」という扱いに。政治亡命者でもないため、人道的入国許可や一時的雇用入国なども適応することができない。

その説明のため別室に呼ばれるも、彼はほとんど英語が話せないため、空港の国境警備局主任であるディクソン(スタンリー・トゥイッチ)の説明は一切理解できない。しかしディクソンはひととおりのことを英語でのみまくしたてると、テレホンカードと食料用のチケット数枚、空港内のパスカード、呼び出しのためのポケベルを与えてターミナルに放り出してしまう。直後、ビクターはテレビでクラコウジアのクーデターを知り、失意の中ターミナル内での生活を始める。

彼の目的は、父親のためにとあるジャズミュージシャンからサインを貰うこと。

父親は熱心なジャズファンで、ニューヨークのジャズミュージシャン57名が写った「ハーレムの素晴らしい日」の写真を見て、シスターに代筆してもらった手紙を、その写真にうつっている全員に出していた。そのうちの56人にはサイン入りの返信をもらっていたが、うち1人のベニー・ゴルソンからは返信が来ることはなかった。

ビクターは父親が亡くなる前に、必ずニューヨークへ行ってベニー・ゴルソンのサインを貰ってくる、と約束しており、その約束のために空港にとどまり続けていたのだった。

 

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【警備主任との軋轢】
国境警備局主任のディクソンには、上司の引退により昇進のチャンスが訪れていた。そのためか時間のかかる面倒事を抱えるつもりがなく、むしろ管轄が移動し自分の手から離れるためには不法入国を望んですらいる状態。

わざと警備を薄くし、直接ビクターに不法入国を教唆するが、ビクターは若干迷いつつもそれを拒否し、待つことを選択する。

また、ビクターが英語を話せるようになって以降、母国に対する恐れを抱いていると宣言すれば緊急国外退去措置を取ることができると説明するが、それも拒否され、いつまでも音を上げず、頑なに法を守り続けるビクターに、ディクソンは苛立ちを募らせていく。

ディクソン周辺の警備員は若干ビクターに同情的ではあるが、原則放置で特に手を差し伸べるわけではなく、だいたいモニターの前で揃って様子を眺めていたり、彼を賭けの対象にしたりする程度である。

 

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【仕事】
与えられた食事用のチケットを紛失してしまったビクターは当初、空港内カートの返却などで小銭を稼いでいたが、ディクソンは新たなポジションを作成しそれを阻止する。

後日、別件できちんとしたお金が必要になった彼は、空港内のショップで仕事を探すが、住居が空港内で身分証明書もなく、電話番号は空港内の公衆電話という状態を前に相手にしてもらえない。

しかしある時、着手前の内装工事を勝手に進行させていたところを現場責任者に発見され、その腕を買われて雇われ、結果的に高給取りになる。

【日課】
ビクターは、毎日入国審査の書類を記入しては同じカウンターに並び続けている。

 

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【仲間】
ある日、ビクターに機内食サービス運搬係のエンリケが接触する。彼はビクターが毎日並んでいる入国審査のカウンター職員であるドロレスに恋をしているが、業務内容的に接触がないため、ビクターに機内食を与える代わりに彼女への質問を託す。

また、このドロレスを通じて貨物輸送担当職員のジョーや、ビクターのことをスパイだと疑って心を開かなかった清掃員のグプタとも親しくなっていく。

グプタは祖国で汚職警官に対する殺人未遂を犯した過去があり、米国を追放されると本国で収監されてしまうため、「わざと床をツルツルにして人が転ぶのを見て楽しむ」以外は基本おとなしく過ごしたいと思っており、過剰なほどビクターを警戒していた。

 

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【事件】
闘病中の父親のために薬を持ち帰ろうとしていた旅行客が、アメリカの法律によりその薬を没収されそうになり、興奮して刃物を持ちだしてしまった。

その際、クラコウジア語がロシア語に似ているということでビクターが呼び出される。最初は事情をそのまま通訳したものの、法律上アメリカ国内から「人体に使う」薬を持ち出すときは書類が必要になるため、事情を聞いたディクソンはそれでも薬を没収しようとする。

絶望し、跪いて祈る男は取り押さえられ、泣きながら連行されていくのを見て機転を聞かせたビクターは、発音が似ているので間違えたとして、「父」ではなく「ヤギ」に使う薬だと改めて説明する。

ビクターの口の動きを見て、改めて「ヤギに使う薬だ」と説明した男の手元には無事薬が戻されるが、今度はディクソンが激高し、ビクターの両手の指紋をコピー機で連写しながら彼を罵倒する。しかしその様子を上司や監査官に見とがめられ出世が遅れ、より一層ビクターに対して敵意を燃やす。

その様子は清掃職員のグプタも見ており、彼の口から空港職員に広まったことで、一気にビクターは職員から親しまれるようになる。

 

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【恋愛】
ビクターは空港内で生活している中で、フライトアテンダントのアメリアと知り合いになる。彼女は男を見る目がなく、現在は不倫の恋に悩まされているのだが、ビクターと話しを続けるうちに彼の愚直な素直さに惹かれていく。

ビクターも彼女に惹かれ、ディナーに誘うためにと空港内で仕事を探し始める。

彼は新しいスーツを買い、フライトから戻ってきたアメリアをディナーに誘う。不倫相手からの連絡を待ち続けるためにポケベルを手放せないアメリアだったが、ビクターとのディナー中に展望デッキから放り投げ、過去の恋を吹っ切ったかのように見えた。

ビクターは、ナポレオン好きのアメリアのためにナポレオンが妻に噴水を送ったことにならって配管を利用した噴水を作る。

しかしそれを披露する予定の日に、ディクソンはアメリアに接触。彼氏と別れてビクターに会いに来たアメリアだったが、ビクターが空港に住み着いていることを知り問い詰める。

そこでビクターははじめて自分の来歴とニューヨークにこだわる理由を話し、その話に感銘を受けたアメリアとキスを交わす。

 

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【クライマックス】
アメリアとキスを交わした翌日、クラコウジアの戦争が終わったことを、すっかり友人となったエンリケ、ジョー、グプタから伝えられる。これで祖国に帰れるとはしゃぐビクターと、それを祝う空港職員たち。

そこに現れたアメリアは、彼氏のコネで1日だけ入国できる特別ビザを渡す。アメリアの元彼がなぜ自分のためにそこまでしてくれるのか、と一瞬訝しむビクターに、アメリアは「これは彼がわたしのためにやってくれたことだ」と伝え、急に態度を変え立ち去り、ビクターの見ている中で不倫相手に髪を撫でられながら姿を消す。

しかしビクターの手元には1日ビザが残された。毎日通い続けた入国審査の窓口で、こんどこそ緑のハンコを貰えると意気込むビクターだが、そのビザを有効にするためには管轄の責任者、つまりディクソンのサインが必要になる。

ディクソンはほぼ私怨でサインを拒むどころか、一番早い航空便で帰国するように促す。それでもニューヨークに向かおうとするビクターに対し、ディクソンはこのままクラコウジアへ帰らなければエンリケ、ジョー、グプタを解雇すると脅しをかける。

 

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脅しの事実を知らないグプタは、最後の最後に諦めてしまったように見えるビクターを大声で罵るが、脅しの現場にいた警備員に事実を知らされ、モップを持ってボーイングに単独突撃。力技で遅延を起こし、警備員に銃を向けられながらも、ビクターに行動を促す。

ビクターがニューヨークへ向かうと知った空港内ショップの店員たちは、接客を放棄し次々に手土産などを渡しながら彼についていく。しかし扉の前にはすでに空港の警備員がそろっていた。

最初期からビクターの行動を見守っていた警備員は、彼に後ろを向くように促すが、それは諦めろという意味ではなかった。そのビクターの背中に自らのコートをかけてやると、警備員は全員手を出さず、ビクターの入国を見守った。

別室からモニターでその様子を見ていたディクソンは、逮捕しろ逮捕しろと喚き散らしながら現場へ急行するが、すでにタクシーで立ち去ろうとするビクターの背中を見て、日常業務に戻っていった。

【エンディング】
ビクターはニューヨーク市街のラマダ・インのラウンジでベニー・ゴルソンと対面し、そのまま彼の演奏を楽しむ。最終的にベニー・ゴルソンのサインを手にしたビクターは、タクシーの運転手に「家に帰るんだ」と告げるのだった。

 

 

 

 

 

映画『アーティスト』 雰囲気はバツグンによかったんですけどもさ ②

先日アップした「人類面ファスナー論」にもとづいて自分のことを考えますと、あきらかに「自分にとって腫れてて過敏になってるループ」には「映画で語られる家族の確執」と「物語で使われる男のプライド」あたりだよなあって自覚はあります、しずこ ( @cigarillolover ) です。

 

 

そもそもペピーがなんなの? という、身も蓋もない疑問。

あの控室のシーンといいなんといい、ジョージに惚れてるんでいいのよね? そういう前提だし、その後もそうなんだよね? 多分。

でも、そういうふうに……見えます?

惚れている相手がサイレントで活躍していたのを知っていて、なおかつ現在トーキーに出演していないのがわかっていて、サイレントをぼろくそに言ったり。

ジョージを自宅に招いて以降も、わざわざ「今日は大事な撮影があるから」と言ってから出掛けたり。

配慮が足りないというかなんというか、あの控室でジョージの抜け殻に包まれてあんなにうっとりしていた女の子とイメージが合致しないんですよね。キャラクターとして、地続きになっていないんです。

もちろん、あれだけ大出世してまったくなにも変わらないなんてことはないでしょうけれど、それにしたって、大女優になったペピーの中にあのエキストラの女の子が存在していなさすぎるんです。ウーム。

 

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大豪邸に招いてジョージのプライドを傷つけてしまうのはまあ仕方ない……のかな。でも、ジョージが養いきれなかった運転手を雇っているのは「なんなの? ストーカーさんなの? それともジョージを傷つけたくてわざとやってるの?」って、結構「?」に思ってしまいます。

ジョージが糊口をしのぐために手放したあれやこれやも、ペピーが全部買い取ってる必要がありました? それだけペピーの愛情がすごいってこと? それとも、ペピーが買い取らなければ誰も買わなかったってほど、そのときのジョージには魅力がなかったっていうこと?

あの流れ、ナチュラルに入ってきますか……? わたしひねくれすぎてる……?

 

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もしね、好きで好きで好きだから、よかれと思って……ってやっているにしても、やり方がどうなのって思うし、脚本としての見せ方もどうなの? って思うんです。

ここはペピーに対してというより、脚本に対して、になるんだけれど、運転手のクリフトンが地味ながらかなりキャラがたっていたんだから、たとえばクリフトンと手を組んで外から外からジョージを支えることとかできなかったのかしら!!

男が立ち直るときって、「誰かのお陰」で簡単には立ち直れないって思うんですね。しかも、自分より立場が下の人間のお陰で、っていうのは特にすんなりいかないでしょう。だからペピーがストレートに何をしたところで、ジョージにとっては「憐れみ」としか受け取れないんじゃないかしら。あの状況下なら特にね。

でも、ジョージにとってよい采配がおきて、ジョージがそれを選択するとなれば話は別。

だから、ペピーはクリフトンなり社長なりと結託して、ジョージにとってはまるで天の采配のようにチャンスを与えて、自力で立ち上がらせるべきだったんじゃないのかなーって……自分の納得できる展開としてはそっちなんですよ。それを、かつてジョージが住んでいたような豪邸で休ませるとか。ハハハ。ズタボロですやん。

 

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自分のジャケットに頬ずりしていたレベルのエキストラの女の子が、時代の変化にいち早くついていって大スターになり、サイレントをバカにし、トーキーで稼いだ金で大豪邸に住み、自分のかつての所有物を買いとって保存して自分のかつての運転手を雇って事務所を脅迫して台本を持ってきた。

これで立ち直ってたらジョージもおかしい。

これさ、ものすごい浪花節なこと言ってしまうけど、ペピーが「ジョージにとってもう一度必要になるだろうから」っていう意味でオークションを抑えていたんならすごいんだけどなあ。

それか、ペピーは質入れした燕尾服だけを持っていて、きちんと保管していたそれと一緒に台本を渡していたら、ジョージも一瞬考えることができたんじゃないかなあ、と。自分としてはそれくらいの方が好み。

本当はジョージにもう一度活躍して欲しいってキノグラフ社も思っていたら、めっちゃくちゃ好み。

 

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……というわけで、「栄華を極めた一人の男が挫折してもう一度立ち直るまで」っていう話のラインがあるわりには、その立ち直らせ方に筋が通ってないんですよ。だから、それで立ち直ってしまったジョージ自身も軽く見えてしまう。

もったいないんですよねえ……。

現状、ペピーがジョージを永遠に離れられなくするためにああやって囲い込んで恩を売ったっていうサイコスリラーです、って言われたほうが「そういうことか!!」って納得しそうないきおいなので、そのうち高評価の方の感想とかを探して少し読んでみようかと思います。

アーティストに関しては、とりあえず以上のところでございました。

 

 

 

 

 

映画『アーティスト』 雰囲気はバツグンによかったんですけどもさ ①

正直この映画の「リピーター割引」の意味がわかりませんでした、しずこ ( @cigarillolover ) です。

この日、たしかホームズとあわせて2本見に行ったんですけど、こっちを先に見てよかった……逆にしなくてよかった……ってしみじみ思いました。イヤ、悪い映画ってわけじゃないんですけども。

 

 

ほんっと、絵ぢからはすごかったんですよー。ジャン・デュジャルダンの色気も、ベレニス・ベジョの色気もタメをはってて、いぬもかわいくて、白黒の画面に生える濃淡で絵がつくってあって。

すっごい雰囲気はいいんですよ。自分くらいの年代だと、そもそもサイレント映画仕立てなのが新鮮だったりしますし。

でもこれ、じゃあサイレント世代の方とかが見たらどう思ったのかしらって。若い世代はものめずらしくて楽しんだかもしれないけど、そういった目先のこと以外でどこまで作りこまれていたかな、どこまで面白かったかな、って言ったらそうでもなかったんじゃない? っていうのが正直な感想です。

 

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とにかく気になってしまったのが2点。

ジョージとペピーが恋に落ちた的な前提でいろいろ話が進んでいくけれど、まずそこが描ききれていないので、どこかずっと座りが悪いこと。

それと、シナリオ的に、ペピーがジョージのプライドをつぶすほうつぶすほうに動いていること。

この2つがある状態で、最後はセリフがなくても演じられるダンス系の映画にでて万事オッケーハッピーです!! じゃないだろ!! って思うんですよねェ……。

 

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今日はひとつめに気になっている、「ジョージとペピーの関係の薄さ」についてなんですけど。

だいたい言ってしまえば、彼らが親密になる過程が薄いんですよ。

大スターに対して恋心があるっていうペピーの方はわかりますよ? けど、スター側のジョージがただのダンスシーンを何度もリテイクしてしまうほど、ペピーに一撃必殺の魅力的があったのか? って言われると、別にそうではないよなあって。

ペピー役のベレニス・ベジョはきれいでかわいくて色気があって最高ですよ? でもそれと、シナリオ上での魅力は別物でしょう。「ベレニス・ベジョだもんそりゃ大スターでも恋に落ちるわ」じゃなくて、あくまで作中の「スターに恋している女優志望の女の子・ペピー」とジョージの距離を縮めなきゃ。

 

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この映画内での描かれ方だと、大人の関係の始まりとしては物足りないしそもそもなにも始まってないんですよ。だいたいあの時点では、ジョージのほうが大スターだったんですから、ペピーは「たくさんいるファンの中のひとり」でしかないわけだ。それを飛び越えるなにかがおきてたか? と考えても、特になかったのでは。

映画公開日の頬にキス、だけでは足りないですよ。あれは、撮影所で再開した時にスターとエキストラが接近するためのきっかけにはなるかもしれませんけど、のちのちジョージが、やけどをしながらもこの日のダンスシーンのフィルムを抱きかかえているようなほどの、情熱的ななにか、っていうものには成り得てないんです。

奥さんの態度のひどさなんかを見ると、「倦怠期の妻とは違うフレッシュ・ビューティだから」という点などでこの恋愛開始に整合性をつけようとしているのかもしれないんですが、だとしても、一度共演とも言えないレベルで再会して、その後挨拶を交わしただけの相手であって、「LOVE」になる過程がわからない。

 

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ジョージにとって「その程度の事」が、手のひらやけどしても抱きしめ続けるほどのものだというほど、あの場面までに描ききれてたか? 全くそうは思えないんですよ。

舞台衣装ですら質に入れているような男が、最後に固執したのがあのダンスシーン? あのダンスシーンで二人のつながりを描いたつもりだった? いやあ……足りてないですよ……。もしそうだというなら、あのシーンを、ジョージがリテイクを繰り返したコミカルなシーンとして収めるのではなく、もっとしっとりと二人を撮っていなければならないと思います。

そのときのジョージの目から見たペピーの美しさ。そのペピーを見つめるジョージの表情の変化。服を脱がなくたって、そこで「男女」になったことをくっきり描いてもらわないと……。

 

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直前の、ジョージの服に袖を通すペピーのシーン。あそこで、あれだけ色気を出すことができているのですから、ここでもその色を描いてほしかったんです。そうしたら、控室に忍び込んだペピーの一方的だった恋心を、ジョージが受け止めたことがわかるじゃないですか。ここで成立するじゃないですか。

画面には描かれなかったとしても、「ああこのあと二人はどうにかなったんだな」ってわかるほどの色気。ジャン・デュジャルダンとベレニス・ベジョなら絶対できたじゃないの……なにそれ……見たい……(ソワァ)。

と、いうわけで。ジョージとペピーの関係が成立してるとは言い難い時点で、二人の明暗をくっきり分けて、マズイやり方でサポートのつもりでプライド傷つけまくって、タップダンスで丸く収まりました、じゃあねえんだよお!! って思うわけです……。

 

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次回は「ジョージのプライドをつぶすほうつぶすほう」について触れようと思っていますけど、これ書きながら「あれっひょっとしてしっとり濃厚なダンスシーンあった……?」って思い始めています。

あったとしたら、そこに注目できなかったという時点で完全にこっちの落ち度だな……。