コミックス化のガッカリと『おいら女蛮』のカーチャンの話

はいこちらが、おいら女蛮とカーチャンの話から松本零士系理想の女の話になり……たいところなんですが、まだまだコミックス系の話で引っ張りますね。いや引っ張るというか、普通に書きたいことではあるんですが。

ここを指摘するのは細かすぎるので、単なる一例として読んでいただきたく思います。

 

 

女一家の性に関するおおらかさについてはあとに譲るとして、カーチャンと女蛮がいっしょにお風呂に入っているシーンでちょっとしたやりとりから、スケバンがカーチャンのことを「キライ」だと言ってしまって、カーチャンが泣いてしまうんですね。

そこであわてた蛮が、カーチャンのことは好きだと言い直し、機嫌を直し始めたカーチャンが「カーチャンのこと好き?」→「じゃあカーチャンのここは好き?」→「ここは?」→「ここは?」……と繰り返していって、最後に「じゃあカーチャンのここも好き!?」と立ち上がって女蛮の顔の前に少年誌では描けない部分をバーン!! するんですが。

ここ、ページ数の関係なのかなんなのか、コミックスでは「カーチャンのこと好き?」→「じゃあカーチャンのここも好き!?」と立ち上がって女蛮の顔の前に少年誌では描けない部分をバーン!! なんですよ。

……カーチャンただのヘンタイじゃん!!

そこまでの繰り返しがあるから、ここ面白いのに!!

……というね、だいなしな収録をされてしまうことがあるのが、困ったところなんですよね。

 

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で、最近よくある「デジタルコンテンツ」では扉絵やカラーが追加収録されることもありますが、基本的に「コミックスの再編」なので、こういうところは修正されないんですよね。

もったいないなー……再編されるせっかくの機会、もう一回流通に乗るせっかくの機会なので、制作側の強い意志(※タンタンの第一話とか)で封印したいというのでなければ、そういうところまで、ケアしてもらえたら……いいのに……。特にダイナミックプロさんなんて、すっごい原稿管理してありそうなのに……!! イヤそこまでカーチャンと蛮子のイチャイチャ見たいわけじゃないんですが!!

この話だけに限らずね、文庫化の際に「せっかくだから」でいらないものを足すくらいなら、ページ制限のないデジタル化ではここまで手を入れることができないものかしら? と、しみじみ思ってしまうんです。

ところでわたし、ここ作品のトーチャンの印象が薄くて、思いだそうとしても『おさかん家族』のあのコンニャクにピーナッツ飾ってた人(多分長男)を思いだしてしまって記憶が修正できないので、そのうち確認したいと思います。比較的どうでもいいかもしれませんが。

 

※タンタンの第一話……ちょっとソースが提示できなくて申し訳ないのですが、第一話にあたる『タンタン、ソビエトへ』は当時の共産圏への偏見を伴った描写などが多く、作者が復刊をよしとしないスタンスでいたそうです。なにで読んだんだっけなあ、この話。

 

 

 

 

 

ああハインリヒ

わたくし一時期、周囲の人に「前髪がシュッとしているキャラなら誰でもいいんだろ?」と思われていたフシがあり。

『サイボーグ009』を読み始めた、と言えば「ジェットだな……」「絶対ジェットだ……」、『宝島』を見始めたときは「グレーだろ……」「グレーだ……」と、如実に反応されておりました。

ちょっとわたしがいくら神隼人大好きで一時期あたまがおかしいレベルだったとはいえ、別に右目がかくれがちだったらなんでもいいってわけじゃありませんからね!? そしたらぶっちゃけ鬼太郎でもいいじゃねえですかコノヤロウ!!

 

 

んで、この話をしていた別の友人に、「んじゃ、平田は009だと誰(が好き)なの?」と聞かれて「004」と答えたら、

「……今、俺とおまえのあいだには男女を超えた友情が成立したぞ」といって電話越しにエア握手を求められました。エッそれまで友達じゃなかったんだ!?

 

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ちなみにわたしは004の、人をうたがうところが好きです……というと語弊があるだろうか……。ほかのゼロゼロナンバーズって純真すぎて、女の子に「タスケテ」って言われたら「タスケナキャ」ってなるけれど、ハインリヒは「この女が敵じゃないって保証はないぜ」ってなるでしょ。(※こういうシーンがあったって話じゃないです。雰囲気としてね。)

わたしはあの面子の中に、その存在が必須だと思っていて、そういうところがすごく好きなんですが。

そのお相手は、ハインリヒの孤独なところが好きだと。自分も大人になると、ああいう孤独さを得て、すなわち孤独になるということが、大人になるということなのだろうと、ずっと思っていたと。

だから、自分も成長したら、きっと004のようになるのだと、そう思っていたはずなのに、実際に大人になった彼は地元の川で、パンツ一枚でタモを振り回しており、しみじみと

「ああハインリヒ」

と思ったそうです。前髪シュッの話題が全部吹っ飛んだわ!!

 

 

『新・デビルマン』と『クイーンエメラルダス』と『トラジマのミーめ』……つまりコミックス収録についてのあれやこれ

ミーめ』のコミックスが石ノ森作品だったらバランスがいいんだけどまあいいや。このエントリは「コミックスへの収録」や、それに伴う「再編集」がテーマになっています。

 

 

さきのエントリでは『新・デビルマン』をdisっているような印象を残してしまいましたが、『デビルマン』本編にむりくりねじりこまれないというなら別に悪い作品ではないんですよ。ちょっと飛鳥了、不動明好きすぎなだけで。

それにですね。『デビルマン』は週刊少年マガジンに1972年から連載されたもの、『新・デビルマン』は増刊少年マガジンに1979年から連載されたものなんですが、『新』のコミックスラストに掲載されているあの1作……これネタバレになっちゃうのか……(反転→美紀ちゃんのお墓参り)これね、この1作のためだけに『新・デビルマン』は存在すると言っても過言ではない!! と言い切りたいところ……なんですが。

なんで歯切れが悪いかというと、これ『新・デビルマン』の掲載誌ではなく、別の雑誌(※角川書店『バラエティ』80年2月号)にポン! と掲載されたものなんですね!! だからこれを同じように語っていいものか……という……。

……。

まあ、執筆時期はカブっているんですが。ちなみにリアルタイム遭遇者には「まさかこのタイミングでこんなところでデビルマンの、しかもこんなに本編に添うものと出会うとは」ということで大興奮だったようです。聞き取り対象1名。

 

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なにが言いたいかという話をする前に、『新装完全版 クイーンエメラルダス』の話を先にしてしまいますと、こちらも似たような経緯がありまして。

何度か文庫化されており、先に出た背表紙が緑色の判は、短編が2本掲載されておらず、松本零士先生のあとがきが掲載されております。後から出た背表紙が赤いもののほうは、あとがきがありませんが、初収録の読み切りが1冊に1本ずつ収録されています。

 

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読み切りはもちろん、『クイーンエメラルダス』の読み切りなんですが、なんというかそれが『クイーンエメラルダス』の世界そのものというか……エメラルダスの人生そのものの答えみたいな……そんな風にも取れなくもない、結構大切な作品なんですよね。あ、いや、こんな風に思ってるのわたしだけかもしれませんが。

この2作については、文庫化やコミックス化の「成功例」と言えると思います。思いますが、ちょっと、一気に読めてしまって悲しいというか……ううん……贅沢すぎてもったいないとでもいうか……『デビルマン』『新・デビルマン』、『クイーンエメラルダス』本編掲載誌を読んでいるだけではたどり着けなかったソレに、こんなにスンナリ出会ってしまっていいのかなというのか……。

 

たとえば今『宇宙戦艦ヤマト』をご覧になる方が、本編視聴後即『さらば』に手をつける、と言われると「ちょっとまって」と思う気持ちに近いでしょうかネ。アニメの『あしたのジョー』『ジョー2』を連続で見ると言われたときの気持ち……?

あ、『超少女明日香』が不定期連載だと知らずに、コンスタントにシリーズ連載されたものと思ってコミックスをスラスラ読んでいる人に対する当時派の気持ち!?

 

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逆に「まとめたことによる弊害」的なものが出てしまったナーと思うのが『とらじまのミーめ』です。これは乱暴に言ってしまえばコミックス発刊時にそれまで描かれていた「松本零士のネコもの総集編」なのですが、うーん……。

うーん……。

こういう形でまとめられるのを想定していないのもあるでしょうし、別に責めたいわけでもなんでもないのですが、結局同じような話になってしまっているんですよね……。

1冊のコミックスの中で「飼い主の引っ越しで捨てられてしまうネコの話」が3回でてきたらそれは多いと思うんですよ。でもそれをマンネリだとか引き出しが云々とかウンダララしたいわけじゃないんです。長いキャリアの中で、コミックス化を想定せずに描いていたら当然こういうことはあると思うんです。

なので問題は、それが気にかかるようなまとめ方、の方にあると思うのですよ。

中の人の立場に近い側の人に言わせると、まあ「この機会でもなければ載せられないから」っていう判断はよくわかるそうなんですけれど。だから石川賢の『伊賀淫花忍法帳』に『時元忍風帳』とか載ってしまうんでしょうか。あれはw 「忍者もの」でまとめるにはww 落差がありすぎるwwww

脱線した。

 

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これから読む人は、特に意識しなければそこまでがひとつの作品だとして一気に読むでしょうし、それが何年間の仕事の中からセレクトされたものかどうかまではそんなに意識しないと思うんですよね。マンガの場合、絵が変わりますから「時期が違うんだなあ」とは思うでしょうけれど。

なのでなにが言いたいかというと、文庫などで取りこぼさずに読める幸せを享受しつつも、「この一冊にまとめられるまでの縦軸」も少し意識していくと、見えてくるものが違うんじゃないかな、というような……感じの……お話でした!!

そしてもうひとつ、コミックス化のガッカリについて『おいら女蛮』の話を思い出したので、「おいら女蛮とカーチャンの話」みたいな方に書こうと思います。

 

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はじめて『デビルマン』を読むときには、どうか文庫や愛蔵版で読まないでほしい件

突然ですが、おシズは結構「古いマンガ」をいきなり読みたくなる方です。

そういうときって、入手しやすいなどの理由から、文庫版を手にすることが多いと思うのですが、『デビルマン』は!! デビルマンだけは!! 文庫も愛蔵版も!! どうか!! 避けていただきたい!! と、切に思うのであります。はい。

 

 

復刻版をおすすめするのは、なにも初物信仰ではなくてですね。このあとに『新・デビルマン』という作品が全1巻で出ているのですが、後年に発行された文庫・愛蔵版には『デビルマン』本編の中にこの『新・デビルマン』が挿入されてしまっているのです!! なにそれひどい!! 普通にひどい!!

『デビルマン』はたった5巻の中に恐ろしいほどの内容がぐぐっ!! と詰まっているんです!! それがイイんです!! だというのに、そこに、同作家の同シリーズとはいえ、他の作品を挿入するなんて……なにを考えたんだ……どうしてだ……!! (床ドン)

『デビルマン』と『新・デビルマン』はかなり趣の違う作品です。不動明と飛鳥了が出てくること以外は他の作品と言ってもいいくらい違います。もはやパラレル状態。内容的にも補完関係になく、あと正直、間が違う。

 

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ちなみに『新』は「不動明と飛鳥了が時空を越えて旅をする一話完結型のストーリー」なんですが、個人的な印象としては「時空を越えた旅行先で不動明が何かに興味を持つたび飛鳥了がヒスを起こすマンガ」だと思っています。あまり読み返していないので違っていたらスミマセン。でもあんまり間違ってないと思います。

『新』には『新』で他に述べることはあるんですが、少なくとも『デビルマン』に混ぜていい作品ではないし、そそもそも『デビルマン』に混ぜていい作品があるとはとても思えません。

あのーわたし永井豪先生は確かに好きですけどね、別にそういうマニア的な思い入れで言っているのではなく。まあ、読めばわかりますよ、このものすごい濃厚な5巻をね……!?

 

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そんなわけで『新』を排除したいというわけではなく、『デビルマン』はじめてなら余分なものなしに読んでいただきたいんですよ!! あっ余分とか言っちゃった、まあいいや、そんなことより一緒にされてテンポもなにもかも狂ってしまったものを読んで「これがデビルマンかー」と思わないでほしいんです!!

これはデビルマンのために言ってるんじゃなくて、マンガ読みとしてのあなたのために言いたいんです!! これから『デビルマン』を読むという幸運の待っているあなたのために!! 言っています!!

あ、でも、今後もし『ゲッターロボ』はアニメ見てねえで原作読め!! ってエントリをあげたとしたら、それは「これからゲッターロボを読むという幸運なあなた」ではなくゲッターロボのために言っています。ガチで。

『新』について言及する際には、あわせて『新装完全版 クイーンエメラルダス』文庫版と『とらじまのミーめ』コミックスについても触れたいので、また後日。

 

 

なんかdisったみたいになってしまったけれど、『新』は『新』で、ある意味とっても大切な要素があるので、それをまた今度。

 

 

 

マンガ喫茶 を利用していて思うこと・しみじみ

なんだかネットでは「○○が好き!」っていうともうその道の専門家みたいな方が多くいらして、簡単に「なにが好き!」と言えないとか勝手に思っていますけれど、マンガが結構好きな静子です。

 

 

一時期、気になるマンガ家さんができると作品をまとめ買いして、「この人こういうパターンか……。」とそのまま興味を失ってしまったりとか、買うだけ買って本棚にいれっぱなしで手放してしまったりとかそういうこともあったのですが、最近はさすがにそこまで衝動的な部分はおさまってきました。

ちなみにわたしのこういう習性を知っている知人には、「百舌鳥みたいですね」っていわれています。いえー。いい得て妙すぎてなにもいえません。

最近おさまってきた理由としては、何度か失敗も繰り返して身に染みたのもありますが、遠くないところに「古い作品もたくさん置いてくれているマンガ喫茶」があることを知ったのが大きいです。

 

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大人になってから石ノ森章太郎先生、永井豪先生、松本零士先生(アイウエオ順)に興味を持ったのですが、なかなかマンガ喫茶に在庫がないのですよね……!! アニメ化されたり、アニメの企画と同時進行だったりする有名な作品なら少しは置いてあるのですが、興味を持ったら一気読み派の自分としてはやはりマイナー扱いされる作品もできる限り読んでいきたい……。

今まではそれで「じゃあもう買うしかないか……。」となっていたのですが、そのマンガ喫茶のおかげでだいぶ「読みたい欲求」が満たされているので、最近は箱でマンガが家に届くようなことはなくなりました。

 

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ただ、そこに限らずマンガ喫茶を利用していて思うのは、分煙でも女性用シートでも食事メニューの充実でもなく、ご意見シートみたいなものを設置してもらえないかなあ……? ということです。もっと具体的にいえば、本や品ぞろえに不備があったときの申請窓口を用意しておいていただけないかなあ……と。対面じゃなくていいんです。ネット上にでも。

特にマンガ喫茶側が情報を求めていないのに、普通のお問い合わせフォームにこの1冊がウンダララって送る気はないのですよー。本社の方から見れば、いち店舗のいちシリーズがウンダララっていわれても困ってしまうだろうなーというのは理解しているんです。

でも、棚に並んでいるマンガの1冊1冊について、店員さんが不備のチェックをするのは事実上不可能ですよね?

お客さんは、その1冊1冊に目を通すために来店しているのですよね? (不備のチェックのためではありませんが……。)

そこで、実際に在庫しているその1冊についての情報がフィードバックされるなら、悪い話ではないように思うんです。

 

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某マンガの1~5巻は旧版、6~10巻は新版で揃ってるけどこれ再編集で収録順序スッゴイ変わってるからアアア!! かぶっちゃってるからア!! ですとか、25巻が2冊在庫されていて26巻がない!! ですとか……。

背ワレして15pくらい抜け落ちちゃってるんだけどォ!? とか、よりによって最終巻だけがないよォ!? とか、そういうことを……どこかにお伝えできないかなぁと……。もったいないと思うんですよねー、すごく!!

すべて実際に店頭で体験したことなので、こういう情報をフィードバックさせていただきたいなあ、としみじみ思います。

 

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悪い話じゃないと思う!!

 

特に桜玉吉さんが好きというわけでもないのですが、マンガ喫茶で検索するとアダルトばっかりだったので苦肉の策でございます。

 

 

 

 

エースをねらえ! アニメ版のみの方にお伺いしてみたいことがござんす

アニメ派の方にとっては、ひろみの恋の相手は宗方コーチなのですか?! ということに驚いて思わずエントリを立ち上げる次第……。

いや、こういうふうに問いかけてもあまりご返答をいただけるものではないということはわかっているのですが、ちょっとびっくりしましたので。

特に「子供のころから好きだった」とか「これがバイブル」という入れ込みはなく、出崎統監督を好きになって、他の作品も見たいな~、ああこれも手掛けていらっしゃるのか先に原作を読んでおこう……あ……ああ……おもしろい!! という始まりなんですが……。

 

 

それでも、藤堂さんのさわやかな愛情とか、高校生とは思えない包容力とか情熱、それに伴う尾崎さんとの友情……!! 宗方コーチに苦言を呈されてからの身の引き方、ひろみへの見守り方など、ずいぶん素敵だなあと感じていましたので、そういうものがスポっと(作品によっては)抜けてしまっているの? と思うと……!!

なんだかすごくもったいない気がする……!!

もちろんアニメ化にあたっていろいろ設定や話が変更になるのはわかっているんです。ですから(尾崎さんの角刈りは別として)よい・悪いで論じようとは最初から思っていませんし、原作の通りにアニメ化するべきとかいうなら出崎監督好きな意味がわからねえと自分でも思います。

でも、見守ってくれる藤堂さんの異性としての愛情と、導いてくれる宗方コーチの師匠としての愛情両方を受け、その中でテニスに打ち込むひろみというのが、とてもお話として魅力的だと思うんですよ……。そのあたりが薄まってしまっているとしたら、ひたすらもったいないなと。

 

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自分が視聴済みなのは『劇場版』と『2』なのですが、原作でいうとおチバくらいの存在に落ち着いてしまっている藤堂さんを見て「ううん……。」と思っていたところに友人からの「え? 原作ってそんなに藤堂出てくるの?」発言にちょっとショックを受けまして。出てくるよ!! メインキャラだよ!!

『旧』『新』『劇場版』でもちゃんとメダル云々のくだりは出てきていますし、『旧』に至っては「すき! すき! すき! 藤堂さん」というようなサブタイトル回もあるのでこのような反応にはならないかと思うのですが、びっくりしてたら相手がどのエースを見ているのか聞きそびれたというね……。宗方コーチの声は自分にとっては中田浩二さんだ!! 野沢那智さんじゃない!! といっていたのでそうなると『旧』を視聴しているはずなのですが……。

 

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原作を読み『劇場版』と『2』を見た身としては、「アニメだけを見た場合、そう思う方がいらしてもまあ納得だなあ、寂しいけれども……。」という感じです。宗方コーチの存在感がすごすぎるのもありますが、この2作品に限っていえば、藤堂さんの存在がかなり薄まっているので。

まあ、原作もぜひ読んでくださいという話なんですけれど。

どのエースを見たかに関わらず、「宗方コーチは知ってるけど、藤堂さんって……?」という状態の方は、ぜひ原作をご覧になって「こんな高校生……いない……でも格好いい……!?」と思っていただければ幸いです。

 

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あと、ここまで書いておいて、友達のカン違いなだけだったらどうしよう!! その場合は調査不足をお詫び申し上げます!!