映画『フォックスキャッチャー』のいたたまれなさは日本人向けかも③

こんなに長いエントリにするつもりなんてなかったんや

などと供述しておりますしずこ ( @cigarillolover ) です!!

 

 

というわけで長々触ってきた映画『フォックスキャッチャー』なのですが、全然エントリタイトルにかすることができないまま1万字を超えましたヒャッホゥイ。別にそんなに長文書きたいほど大好きとか……そういうわけじゃないのです……!!

なぜいたたまれないのかの前提とか、その前提に対して思うことを書いていったらあの長さとかいうね!! 泣いちゃうよね!! カツサンド食べたい!!

で、なぜ「日本人向け」と思ったかというとですね。あの「ヘンな富豪」って、ひょっとしたら日本人なら対応できるかもしれないってなんとなく思うんですよ。もちろん、映画の中で描かれた部分に対してですけれど。

「この富豪は、我々平民とはちがう感覚で生きているだろう。だからここで “友人” と言われたからといって喜んではいけない。しかし彼は今現在、わたしのことをそう呼びたいと思うほどには親密に思っている。つまりこれは彼の求めに対して適切に応じられているということだ。ここでも適切に応じるためには、笑顔で頷いておこう」という判断。

そういう、まんじゅうの薄皮と薄皮の間にそっとあんこを挟むような繊細さ。

そういった感覚が、あの三人の間にはもっとも必要なことであって、そして誰も持っていなかったものなのではないかな……と。おまんじゅう食べたくなってきた。


デュポン氏の周辺にいる人たち……おそらく弁護士であろうあの低音ボイスの人とかがうまくやっていけているのは、なんというか「なみはずれた富豪や権力者に対する接し方」を「ビジネスとして」知っているからこそ、普通にやっていけたのではないかと思います。

その代り、友人とか呼ばれることは絶対にないでしょうけれど。住む世界が違い過ぎるのだから、ないくらいでちょうどいい。

そう思うと、あの兄弟の不幸はまた「メダリストとはいえ、あくまでごく一般的な市民であった」というところにもあるのかもしれません。


で、わたしが「いたたまれない」なと思うところはそこなんですよね。デュポン氏が健全な兄弟を巻き込んだ!! というより、ひとりひとりならそこまでの害がなかった人たちが、一ヶ所に集まっちゃって熟成させちゃった感じ。

「ウワー兄弟はなんにも悪くないのにデュポン氏がひとりでおかしくなっちゃったー」ではないんですよ、決して。

「もともと危うい人に接する対応が最適ではない人が、近しくなりすぎた」結果かな……という風に思えてしょうがないので。

もちろん映画上の話ですし、対応が適切ではなかったら撃っていいのかって言われたらダメですけれど。ただ、この映画を、おかしい人がひとりいた、っていう風に単純に切り取ってしまうのは違うよね、と。

この、ミルフィーユを一枚一枚重ねていくうちに、どんどんずれていって、最後には崩れてしまったというような、それこそエントリのタイトルで言っている「いたたまれなさ」をじっくり感じてほしいし、それを感じるのは、日本人絶対得意だろ、と思うわけです。


ちょっとこの居心地の悪さ、スッとそばによって「真に受けちゃダメよ!!」とか「あなたはもうちょっと言葉選んで!!」とかアドバイスしたくなるけど絶対できないこのいたたまれない感じ、自分が好んでみるような映画にはなかなかなかったつくりなので、部屋を暗めにしてクッションでも抱えながらご覧いただきたいと思います。

あ、別にすごくおすすめというわけではないです。ただ、主演3人のほかの出演作を1作でも見ていたら、とても印象が変わるので、役者ってすげえな!! っていうそういう面白さはありますけれど。

ただ、こういう映画だと知っていて見る分には、とっても興味深いですので、そういう方には、ぜひ。

 

 

 

 

 

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