AUNのリア王 2015年01月13日 於浅草アミューズミュージアム

たまに「AUN リア王」で検索してくださる方がいらっしゃるというのに、演劇の感想じゃねえじゃねえかウオーッってさせてしまって申し訳ない。わかってますあれ劇場の感想ですよね!! すまない悪気はないんだ!!

基本的によかったときには「おもしろかったですまる」みたいな感想しか出せないタイプなんですよ……。「微妙だなあ」とか「アッこうしたらいいのに……もどかしい……!!」みたいなときにはいろいろ出てくるんですけど……つってもそれだけじゃなんなので、ちょっとがんばってみます。

 

 

三味線や鳴り物、和蝋燭で演出するシェイクスピア。坪内訳だからこそ魅力が増したな、という感じです。あのものものしさね!? さらには「朗読劇」という、語ることに重きを置けるスタイルだったのも相性がよかったと思います。

わたしは残念ながら拝見していないのですが、以前もAUNで坪内訳で一作やられてるんですね。そのときは「歌舞伎みたいだった」とは役者さんのご感想。

 

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さらには立地。

浅草寺のごくごく近くということで、仲見世通りやその周辺の雰囲気からかなりひっぱられる感じ。ちなみに浅草に来訪されたことがない方のために念のため申し添えますと、浅草寺周辺は江戸の町並みを意識したような演出が多々施されているのです。

たとえば「自転車を降りてください」のかわりに「下馬してください」って立て札が立っていたり、お店が倉のようなつくりになっていたり。佐川急便の営業所とかかなり倉です。笑った。

そういう「文化財周辺であること」を最大限に意識している町並みなんですね。通りに出てると、もう違うんですが。

周辺に三味線の生演奏付きで食事ができるお店があったり。そういう「純日本!!」的な演出が、駅を出てからずっとされているような感じで、開演前からもう雰囲気作りが完成しているんですよ。

これは強い。

もしこれが、赤坂REDシアターだったら同じように感じられたかな、というとこうはいかなかったでしょう。比較対象がREDシアターなのは単に以前ここもAUNが利用していたのと、自分の知る中でいちばん洋風な劇場だからです。ハイ。

 

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前回、後ろの座席に座って「oh……」となった顛末については書かせていただいたので、そこは端折って、一日限定三回公演の一回目と三回目をみさせていただきました。

ちなみに一回目の公演のときは、娘の名前が前半間違って呼ばれており若干「???」ってなりました。ゴネリルをずっとコーディリアって呼んでいて、途中から力業で修正されました。名前を呼ぶセリフのまさに途中で修正。しかしそのあと崩れるでもなくふつうに流れていきましたからね。そういうのってまたすごいな!! と素直に思います。

そして前の席で聞かせていただいたときの「迫力」ね。お声そのものの迫力。今までも最前列での観劇経験がなかったわけではないのですが、この「ほぼほぼ向き合っていると言っていいレベルの高低差」であの声を聞いてしまうと、もうドッカンと来るなんてものじゃないですよホントに。

 

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特に演目が『リア王』ですから、怒ったり嘆いたりの感情の触れ幅がすごいんですよね。最初の「領土を分けるから、父をどのように愛するのか言ってご覧」系のテンションのときは、まだ導入部でこちらも入り込んでないのもあり「あっ大塚さんラジオでおじいちゃんぶりっこしてたときこんな感じのしゃべり方だったわ」って思うくらいの余裕はあったのですが、ひとたび火がつくともうこんな感じ。

コーディリアが怒らせてからは息つく暇もない。ひとつ、ひとつセリフがあるたびにもう一帯の空気が痺れる感じ。思い出しても息が苦しくなるレベル、というか今でも息が苦しくなるレベルで思い出せる、というか。

 

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三味線や拍子木による鳴り物も、前で聞いていると音が大きすぎるくらいなんですよ。でも、だからこそ、なんというか脳がよけいなことを考える余裕がなくなっていく、目の前の出来事に集中……集中じゃないな、もう乗っ取られる。

わたしは基本的に背が高くない+目がよくない+集中するまで時間がかかる……というタイプで、元々可能な限り前の方で観たいタイプだからというのもありますが、本当にこの日の公演は前でみるべき作品でした。自由席でよかった……。

シナリオは結構削られている感じで、リア王ダイジェストという感じではあるのですが、それで意味が不明になってしまうようなところはなく。話の流れを追うのに不便になるような短縮はされていませんでした。

 

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またね、大塚さんのリア王の、激高がしゃれにならない勢いだからこそ、それをしれっと交わす千賀由紀子さんのゴネリルが怖くてたまらない。美し怖い……。したたかとも冷徹ともなんか違うんだよなあ、実の父をおとしいれ、権威をうばい辱めてそれを「なんとも思っていない」感じ、相手を策略にはめたからといって嬉しいわけでもたかぶるわけでもない感じ、おのれの人生がおのれの望んだままになるのがあたりまえで感情を動かすまでもない感じ……というきわめて女性らしい悪意の感じ。

個人的には、父を慕うコーディリアや、自身の失脚を恐れずに忠義をつくしたケントなどよりも、この「おのれの悪を悪とも思わず、むしろおのれのための善である」とでも思っていそうなゴネリルがすごく立っていたからこそ、この迫力が成立しているように思えました。

 

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蝋燭の演出も、つけっぱなしではなく要所要所で点けたり消したりなので、着物の女性が蝋燭を吹き消したり、火種をもって移動してきたりというのがまた妖しい雰囲気で。乗っ取られているところから逃げられない。

しかも前列にいると、あの蝋燭を消したときのにおい……あのにおいまで伝わってきて、暗闇の中ライトに照らされている空間に立ち上る煙まで視認できて、ウワア……ってなる。こんなこと言うの勇気がいるんですけど、わたしこの舞台すっごく官能的なものだととらえている……んですね……アッコレ気づかなきゃよかった。やべえ今気づいちゃった。

 

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それでも前半が終わる際の、全員でラッセーラは、周辺からの戸惑いの雰囲気が伝わってきました。なぜ、ここで、ラッセーラ……っていう。あと途中途中、講談みたいに道化のセリフでサッと状況説明などが入るのですが、個人的にはその処理そのものではなく、ここのセリフが全体的にサムかったなあ。笑いをとろうとしているセリフなのはわかるんですが、ンッ今のどこで笑えばいいの、っていう感じなところが数回あって、印象としては「スベってた」という感じに残っています。

ラストはもうすでにおかしくなってしまったリア王の一人語りで終わっていくのですが(このあたりがソファ席だとセリフとして聞き取れなかったあたりになります)、このときの幽鬼のようなリア王と凍ったような空気、今でも生々しく思い出せます。

ついでに目の前で184cmが立ち上がっているのを目で追っているので首がツラかったのまでセットで思い出せます。

 

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ちょいと話を逸らしますが、演劇のいいところって、こうまでリアルに「場」を思い出せることにもあるように思えるんですよねえ、どこの水族館に誰と行った自分、みたいな客観的なものじゃなくて、アクリル水槽の向こう側と一体化したぐらいのインパクトでドン、といきなり思い出すこの感じがたまらなく好きです……。

もう過ぎたお芝居をお勧めされても困るかとは思うのですが、もしまたこのような形での公演があったとしたら、その時は迷うことなくお勧めだと言わせていただきます!! もう語彙力が低下して「ヤバイくらいよかった」って30回は言いそうなレベルでお勧め!! です!!

 

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CAST

リア王 大塚明夫

コーンウォール 杉本政志
オールバニ 松本こうせい
ケント 谷畑聡
グロスター 飛田修司
エドガー 長谷川志
エドマンド 長谷川祐之
オズワルド 齋藤慎平
フランス王・紳士 山田隼平

伝令・附打 伊藤大貴
侍医 工藤晶子

道化 前田恭明

ゴネリル 千賀由紀子
リーガン 林蘭
コーディリア 佐々木絵里奈

侍女 長尾歩 森瀬惠未

スタッフ

訳 坪内逍遙
演出構成 沢海陽子
監修 吉田鋼太郎
音楽 山本大(津軽三味線) 小濵明人(尺八)

 

And my poor fool is hang’d! No,no,no life!
Why should a dog, a horse, a rat, have life, And thou no breath at all?

阿保めは絞め殺されてしまうた! もうもう もうもう死んでしまうた!
犬や馬や鼠でも命は有ってをるに、何で和女はまるで命がなうなってしまったぞ?

 

 

 

 

 

 

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